好きなものと嫌いなもの
私にとって、好きなものを言葉で説明するのは難しい。
好きなものには、たいてい素晴らしいポイントが沢山あって、取りこぼしのないように表現するのが難しいのだ。
言葉にしたら案外薄っぺらくて、強い情動を表しきれていないと感じる。
それに比べて嫌いなものはするすると言葉が出てくる。やれ下品だ、胡散臭い、商売っけが透けて見える、あざとい、などなど。
嫌いなものについては断言できるのだ。
しかし好きなものは断言できない。好きなものはとても大事で、言葉で侵すのが躊躇われるのだ。
語彙が無いだけという部分もあるが。
特に人については多面性があるため、より表現が難しい。
総括して「〇〇は尊い、あとは見てもらえればわかる」ということになるのも致し方ない気がする。
しかし何かを熱心に語る人は割にいて、その情熱たるや驚くものがある。
取りこぼしのないようにありとあらゆる言葉を尽くして語るし、その労力を惜しまない。
そういう人たちのおかげで新しいものを見てみようという気分になったりする。
世の中の自称インフルエンサーより格段に訴求力があるのだ。
これこそ好きの為せるわざかと思う。
そんな自覚なきインフルエンサーの心の中はどうなっているのだろうか。
人に何かを好きだと表明することに何の抵抗もないのだろうか。自分に確固たる自信があるだとか、盲目的であるとかいう特徴も部分的に見られるかもしれない。
もしくは多少不正確でもよいという大らかさか。
私にはとても推し量ることの出来ない不思議かつ素敵な方々である。